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さくらももこ死去でがんを事前発表するべきだった?海外の反応を調査!

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さくらももこさん死去の突然の知らせは、誰も予期できないものでした。病を事前公表するべきだったかするべきでなかったか、色々な意見があると思います。そしてさくらももこさん死去を悲しんだのは、日本だけでなく海外の反応も悲しみにくれました。そんな海外の反応についても、ファンの声をみて行きましょう。

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さくらももこ死去は乳癌を事前発表するべきだった?

(出典:https://www.asahi.com)

乳癌で死去されたさくらももこさんですが、乳癌であることは公表されておらず、世間では誰も知る人がいませんでした。西城秀樹さんが死去された際に、さくらももこさんも悲しみのコメントをしましたが、このときすでにつらい状況だったのでしょう。さくらももこさんが生前に乳癌であることを、公表するべきだったか、公表するべきでなかったかについては色々な意見・考えがあるでしょう。

公表するべき派の人ならやはり水くさい、自分にも何か出来たかも知れないのに寂しいと、思う人がいるでしょう。公表するべきでない派の人は、さくらさんの毅然とした生き方・去り際に、ある種の美学、自分もこうありたいと思うかも知れませんね。ですから、さくらももこさんが事前に病を公表するべきだったかどうかというのは、不毛な議論と言っていいでしょうね。

さくらももこ死去に海外の反応は?

さくらももこさんは言うまでもなく、漫画「ちびまる子ちゃん」の作者です。2018年8月15日午後8時29分、乳がんで53歳の若さで死去されました。海外の反応も悲しみの声に包まれました。さくらさんの死去はすぐに中国でも伝えられ、エンタメ系メディアだけでなく、中国新聞網や人民日報系の海外網といった大手メディアも報じたほどの、海外の反応に対する影響力の大きさでした。

「ちびまる子ちゃん」は中国で「桜桃小丸子」として知られ、大きな人気を集めています。2018年5月8日のさくらさんの誕生日には、ネット版共産党機関紙・人民日報といえる人民網がさくらさんの軌跡を紹介し、ネットには「おめでとう」の言葉が殺到しました。また2016年には映画「ちびまる子ちゃん イタリアから来た少年」が中国で上映され、人気を博しました。

海外の反応として中国のネットユーザーの声は、

・つらい…
・幼き日の思い出を作ってくれてありがとう。天国ではどうか、病気で苦しまれませんように
・来世生まれ変わっても、ちびまる子ちゃんを描き続けてほしい
・今でも子どものころの思い出を見ていたのに
・ありがとう。さくら家は私の一生の半分をともに過ごしてくれた存在
・私が一番うらやましいと思える人生を描いてくれて、ありがとうございます
・どうぞ安らかに
・悲しいニュースだ。
・子供の頃皆見てたアニメだよ。
・53歳は若過ぎるよ・・・
・まだ若いのに残念で仕方ない。
・作者の人死去したたのか・・・残念だ。
・誰もが知ってる名作アニメだから、このニュースは結構ショックだった・・・
・私は今19歳だけど、ちびまる子が大好き。天国でどうか幸せに暮らして欲しい。
・小学校の時に見始めて、それからずっと見てたから、その思い出は絶対に忘れない!
・ちびまる子を知らない人の方が少ないほど、それくらい皆が見てたもんね。
・いつも親と一緒に見てたから悲し過ぎる・・・
・ちびまる子は数少ない親と一緒に見れるアニメの一つだからね。
・正直学校での義務教育の9年間よりも、ちびまる子を見た方が教育的には優れてるんじゃないかと思ってる。
・これでもう新作が見れなくなってしまうのか・・・
・ちびまる子のキャラクターは皆大好きだったわ。素敵な作品を作ってくれてさくらももこさん、ありがとう!
・どうか安らかに、さくらももこさん。

海外の反応らしいのが、コメントの他には、中国では哀悼を表すロウソクの絵文字が大量に投稿されました。そして中国の他国の海外の反応として、台湾紙・自由時報は「乳がんによる思いもよらない死は、ファンを驚き悲しませた」とさくらさんの死去による衝撃を報じました。また、聯合報も「すべての『まるちゃん』が好きな読者を、死去の知らせが驚かせた」と伝えています。

香港紙の蘋果日報は「アジアのファンに『ちびまる子ちゃん』は深い歓迎を受けた」と人気ぶりを振り返り、香港経済日報は「とても残念だと、若くして亡くなったことは多くの人に受け止められた」と早すぎる死を悼みました。シンガポールの華字紙、聯合早報もさくらさんの死去を伝えました。

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さくらももこ事務所の公式コメントは?

さくらももこさん死去に関して、所属事務所の公式コメントは、さくらももこさんが乳がんのため永眠したこと、温かく応援して下さったファン及び、関係各位への深い感謝の言葉がありました。そして1984年に漫画家としてデビューし30周年を迎えた際に、自分が好きな仕事をして皆さんに楽しんでもらえることへの感謝を、さくらさんが述べていた事を伝えています。そして、通夜・告別式は、遺族の意向により親族・近親者のみで執り行われた報告で締めくくられていました。

さくらももこのユニーク(独特)な感性とは?

さくらももこさんの作品は「ほのぼのさ」だけでなく「時流に乗った子どもの本音」を漫画として描かれていました、そして全国の人たちを楽しませてきたその面白さの根本は、さくらももこだけが持つユニーク(独特)な感性があったからこそ、あれほど多くの人に愛されたんですね!

さくらももこは多くのファンに数々の笑顔を与えた!

今後、さくらももこさんの新作漫画が発表されることはないわけですが、アニメ作品としては継続すると考えられます。そして、多くのファンに与えた「笑顔」の数々は、これからも変わりなく、たくさんの人たちの心の中に残り続けるでしょう。

さくらももこの息子・さくらめろんについて

漫画家になることをずっと夢見ていたさくらさんは、高校3年生の夏に書いた作文が評価されたことで、『まるでエッセイみたい』な漫画を描こうと決意したそうです。漫画家デビューして以降は、漫画以外の分野でも大活躍し、『もものかんづめ』に代表されるエッセイ集3部作は、すべてミリオンセラーとなるヒットでした。

さらに作詞を手がけた『ちびまる子ちゃん』のテーマソング『おどるポンポコリン』は、1990年に160万枚以上の大ヒット。さくらさんはまさに、バブルの平成という時代の寵児となったのです。そんなさくらさんの一人息子・さくらめろんは、さくらももこさんが溺愛していましたた。1994年に誕生しためろんさんは、8歳のときにももこさんとの共著「おばけの手」を出版しており、ファンにとってもよく知られた人です。

さくらさんはエッセイの中で、出来愛するめろんさんの独特な感性についてたびたび触れていました。ブログでもめろんさんの誕生日や、社会人記念のお祝いを報告。親子愛はファンにとって微笑ましいものでした。ですから若くしてももこさんが死去されためろんさんの気持ちを考えると、ファンの間でも心配の声があがっているようです・・・

さくらももこ死去でがんを事前発表するべきだった?海外の反応についてまとめ

誰にも迷惑をかけない、だけど皆が悲しんでしまう最後を選んだことは、誰も真似できなかった表現者らしかったのかもしれませんね。さくらももこさんはしかし、みんなの心の中には永遠に生き続けるでしょう。

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